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18.Syogo20日間の記録

2001/9/27 17:35 1646g Syogo誕生

10/01 生後5日目 心臓に病気が見つかり転院。

病名
・大動脈縮窄
・心室内隔欠損症
・肺高血圧症

10/02 生後6日目 午前 心臓カテーテル検査 午後3時 手術
体重が1600gで小さく、人工心肺の負担を考えると
手術は2回に分けて、心内修復は体重が3~5kgになってからとの事。
この日は、大動脈再建と肺動脈バンド術。手術時間は2時間半だった。
年内には自宅で過ごせるらしい。
そして、翌日もその次の日も安定しているとの事だった。

10/05 生後8日目 術後3日目(私の退院した日) 病院からの呼び出し
心内の穴が大きい為、肺にいく血液が多くなり全身に行きわたらない。
その為のバンドも、これ以上は絞れない。
半年後の予定だった手術を今すぐに行うと聞かされる。お任せするしかない。

午後5時半 手術 心内修復 4時間後 無事成功。
穴の直径1cm 前回の動脈の位置も改善した。との事
心臓が肥大している為、胸は開けたまま、血圧安定。
尿が出始めると浮腫みも引き、胸は閉じられるらしい。

10/09 生後12日目
浮腫みが取れないので、胸を閉じることが出来ない。
心不全と腎不全を起こし始めている。腹膜かんりゅうで尿を出すようにしているが
自然に出始めないとダメらしい。
小さい体に2回の手術はダメージが大きくて、体に負担を掛けた分、回復にも時間が掛かるとの事。

10/10 生後13日目
Syogoの状態も先生たちの説明もあまり変化なし。
かなり不安になってきた。

10/11 生後14日目
安定し始めるのはいつ頃なのか?聞いてみる。
今はそれを言える状況ではないとの事。
私たちがあきらめてはいけない。がんばっているのはSyogoなのだから・・・。
応援するのみ!

10/12 生後15日目
胸部レントゲンを見ながら先生からのお話。
左肺が白くなっている。良くないらしい。
大事な時なので、がんばりましょうとの事。

10/13 生後16日目
今までの経緯など、病状説明。
心不全・腎不全に加えて、肺気腫をおこしている。
細心の注意をはらって改善されるよう様子を見ているとの事。
今が一番最悪の時で、明日からみるみる良くなるかもしれない。がんばれ!

10/14 生後17日目
看護師さんがSyogoの左手をとって
「握ってあげて」なんて、言ってくれる。
そのやさしさに、不安をおぼえる。

10/15 生後18日目
肺、両方とも進行性で悪くなっていますとの事。
あと1週間かも・・・って。

10/16 生後19日目
朝の面会時、夕方も面会してくださいとの事。
もう何も考えられない。
とにかく、がんばっているSyogoを目に焼き付けておかなければ・・・。

10/17 生後20日目 1:40 お空の天使に・・・。

17.Syogoがやってきた

Syogoのことにふれる時
やっぱりこのことは書いておきたいって事がある。

それはETした時のこと。ET後はベットで2時間ぐらい休むのだが
横になっている時、私はものすごい幸せのオーラに包まれた。
言葉では上手く言い表せないけど、目は閉じているのに、周りがとてもキラキラしていた。
何分も経っていないと思う。はっと我に返った時、赤ちゃんが来てくれた!と思った。
この事は、しばらくダンナにも言わなかった。
口に出してしまうと、あのキラキラがどこかへ行ってしまうような気がしたからだ。
あの感覚は今でもはっきりと思い出すことが出来る。
私のところへ、Syogoが来てくれた時のことを・・・。

16.帝王切開

帝王切開で悩まされた事。それは「おしっこ」である。
これはきっと私だけだと思う。だけど私はこのことで涙ぐんだ夜もあった。

出産して翌日には、導尿がはずされた。これは早い方だと思う。
介助してもらいながら、少し歩いてみる。ふらつくけど思ったより歩けた。
人間ってすごい!

しかし「おしっこ」が出ない。したくも無い。
看護師さんが聞きに来る。「どう?出た?」
入院期間があったせいで、ほとんどのナースさんとお話したことがある。
廊下であっても聞かれる「どう?出た?」だんだん憂鬱になってきた。
翌日の朝、限界らしい・・・導尿された。
その時「700も出たよ」の言葉がイヤミに聞こえるぐらい、私は落ち込んでいた。
この日の夕方、2回目の導尿の後、ある看護師さんが私に冗談を言って笑わせてくれた。
すごくリラックスさせてくれて、笑った時に自然にお腹に力を入れることを思い出させてくれた。
この人のおかげで「おしっこ」が出来るようになった。
腹筋なのである!ココが重要だ!忘れてはいけない!
(他の方には、なんの教訓にもなりませんが・・・あしからず・・・。)

15.出産

翌日<36週6日)
術前検査があり、レントゲン+心電図+血液検査を行った。
その後、いつものNST。しかしコレが良くなかった。
毎日やっていると、どの状態が良くないことを表しているのか分かってくる。
心の中で「がんばって」「元気に動いて」と言ってみたのだが
入院して1番悪い結果だろうと気づいていた。

午後、突然ダンナがやってきた。
午前中のNSTの結果が悪かった為、ダンナも一緒にエコーでチェックする。
体重も増えていないし羊水も減ってきているので、これから帝王切開で出してあげることになった。
先生はそのつもりでダンナを呼んでいる。17:00には手術室に入った。
ダンナがガッツポーズを作って「がんばれ!」と声を掛けてくれた。

手術室には担当医ともう一人産科の先生、そして小児科の先生と麻酔科の先生の計4人
とにかく緊張していて、あまり記憶がないのだけれど、手術台の巾が狭かったのを覚えている。
麻酔は「いつの間に?」て感じで、痛くなかった。胸の部分に布でお腹が見えないように仕切りがされた。
手術はすごく気持ち悪かった。吐き気とか痛みではなく、内臓を動かされてウニョウニョのゴボゴボって感じ?
とにかく半身麻酔は2度としたくないと思った。

17:35 Syogoが生まれた。先生の「おせ!おせ!」の言葉の後、「オギャ、オギャ~」と弱々しく聞こえてきた。
なんとか声は聞けたものの、すぐに小児科の先生とNICUに行ってしまった。
感動とかうれしいとかよりも、心配でたまらなかった。

病室に戻ると肩が震え始めた。
異常に緊張していたからなのか、熱が出てきて寒いからなのか?分からない。
布団を掛けて何時間か経った頃、治っていたと思う。

ダンナが赤ちゃんと対面してから病室に来てくれた。
「小さいけど、元気だったよ」の言葉を聞いて、その日は眠った。

14.入院

翌日から入院した。<36週0日>
病室は6人部屋で、4人が切迫早産、1人が妊娠中毒症。
私は妊娠中毒症ではなかったが、浮腫みがあり要注意で食事制限つき。
でも見た目、点滴もしていない私が1番軽症に思えて、なんだか申し訳ない気分だった。

初日以外はエコーも無く、楽しみと言えば午前中のNST
(ノンストレストテスト 胎児の心拍をモニタリングする)と
1日2回の心音チェックだった。コレを聞くと元気なんだなと安心できる。

入院して変わったことは、体重が1週間で3キロ落ちたこと!
この中毒症用の食事はすばらしい!と感動した。特においしかったことが!
隣のベットの中毒症の方は退院後のために、毎食 写真をとってメモをつけていた。

入院6日目、エコーをしてみると予想体重は33週のまま・・・増えていない。
先生から「このままお腹の中にいても成長できないので出してあげましょう」とのこと
「明日はどう?」って・・・覚悟しての入院だったけど、急に怖気づいてしまった。
週末だったので、明日じゃなければ3日後・・・3日後に予約を入れた。

Appendix

プロフィール

emama

Author:emama
現在、双子育児に追われている「ema」です。よろしくお願いします。このブログでは、私が今まで経験してきた不妊治療・流産・誕生死・ダウン症・バセドウ病についての記録です。

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